2015年12月19日
京都・大阪遠征 その1
毎年、この時期はコンサートのために大阪に行きます。
夕方からコンサートを見るという時間的制約がある中、
ちょこちょこ観光もしていましたが、行く場所もなくなってきて、
大阪に行く前に京都で新幹線を降りて、お寺を観てから大阪入り・・・
ということを、御朱印を集める前から始めていました。
御朱印を集め始めた今、京都は広大なフロンティア!
どこから回ろうかと思った時、色々考えたのですが、
駅から近いということと、弘法大師が開いたお寺ということで、
東寺に行くことにしました。
東寺の正式な名前は、教王護国寺と言います。
平安遷都と共に建立された官寺(国のお寺)で、
嵯峨天皇が弘法大師空海に託しました。
平安京の唯一の遺構で、世界遺産に指定されています。
京都駅から徒歩で東寺に向かい、西側にある慶賀門から入りました。
慶賀門を入ってまっすぐ進むと、右手に食堂があります。
食堂の中に納経所があり、東寺内の全9種類の御朱印を全ていただくことが出来ます。
慶賀門 | 食堂(じきどう) |
御朱印帳と御朱印見本 | 購入した御朱印帳(大判タイプ) |
食堂で、まずはご朱印をお願いしてから、 各お堂にお参りしました。 実際には後から御朱印帳を受け取りましたが、 ここで購入した御朱印帳と 食堂の御朱印を紹介しておきます。 御朱印帳の題字も入れていただきました。 食堂は、僧が生活の中に修行を見出す場所。 かつて足利尊氏公が本陣を敷き、 寝泊りしたこともあったそう。 1930年に焼失し、昭和5年に再建されました。 そのため、拝観料無料エリアにあるようです。 |
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食堂 十一面観音 (洛陽三十三所観音23番)御朱印 |
拝観料が必要なのは、金堂と講堂(通年公開)ですが、
金堂と講堂についても、無料エリアから外観は観ることが可能です。
今回は、せっかくなので、拝観料を支払って内部の見学もしました。
金堂(国宝) | 講堂(国重要文化財) |
金堂 薬師如来 (京都十二薬師霊場第2番)御朱印 |
講堂 大日如来 (京都十三仏霊場第12番)御朱印 |
食堂の向かいに入口があるので、まずは講堂に入りました。
弘法大師は、中国に留学して当時中国でも先端だった密教を学んで来た人。
その密教を人々に広めるという役目があった東寺の講堂の中には、
立体曼荼羅という仏像群がある・・・というのは、予習して行きました。
大日如来を中心として、様々な仏像が並んでいて圧巻なのですが、
中でも大日如来の目力が半端なく・・・めっちゃ見られている感じがしました。
金堂には、薬師如来を中心として、日光と月光の観音が両脇に控えています。
こちらも巨大で迫力あるのですが、大日如来に比べると、癒しの仏様のせいか、
薬師如来は優しいお顔立ちに感じました。
東寺の五重の塔は、明治以前に建てられた 現存する五重塔の中で、最大の大きさで、 高さが約55mあります。 五重塔とは、仏陀のお墓が起源であると言われています。 東寺の五重塔には、弘法大師が唐より持ち帰った 仏舎利(お釈迦さまの遺骨)が納められているそうです。 毎年正月三が日は、初層(一番下の階)が公開されます。 初層は、極彩色が施され、 四方に配された四如来の像と共に、 曼荼羅となっているのだそうです。 |
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五重の塔(国宝) |
有料ゾーンから出て、毘沙門堂に向かいました。
毘沙門堂は、かつて羅城門(現存しないが、現在の千本九条の辺りにあった)の
上層にあった、兜跋毘沙門天像を安置するために建てられました。
兜跋毘沙門天(国宝)は現在宝物館に収蔵されています。
山 門 | 毘沙門堂 |
都七福神 毘沙門天 御朱印 | 西国愛染十七霊場 8番 御朱印 |
御影堂は、食堂の西側にあります。
私は毘沙門堂の方から回ったので、後堂にお参りしてから表に回りました。
毘沙門堂の向かいにある後堂(御影堂の裏手)には不動明王が祀られています。
前堂には弘法大師像(国宝)が祀られており、
毎朝6時に「お大師様」に朝食を捧げる「生身供」(しょうじんく)が執り行われ、
誰でも参拝することが出来るそうです。
御影堂 前堂 | 御影堂 後堂 |
弘法大師 御朱印 | 不動明王 御朱印 |
毘沙門堂・御影堂の周辺に、高野山遥拝所や大黒堂・大日堂もありました。
それらを見た後、南大門から出て京都駅に戻ったのですが、
御朱印をもらった鎮守八幡宮と塔頭の観智院は見逃してしまい、
写真も撮りそびれてしまいました。
鎮守八幡宮は、南大門の西側にあり、東寺の鎮守神である僧形八幡神像と
女神(じょしん)像2体を安置しているそうです。
観智院は食堂の北側にあり、春と秋の特別拝観以外は公開されていないようです。
高野山遥拝所 | 大黒堂(三面大黒天) |
大日堂 | 南大門(国重要文化財) |
鎮守八幡宮 御朱印 | 塔頭 観智院 御朱印 |
京都駅から東寺に向かう途中で気になったのが伏見稲荷大社の御旅所。
立派な鳥居だったので、中に入ってお参りさせてもらいました。
社務所も立派でしたが、呼び鈴などはなく・・・そのまま帰って来ましたが、
後で調べたところ、稲荷祭(4/20に近い日曜日から5/3まで)の期間は
御朱印がいただけるようです。
御旅所とは、祭礼のときに神輿を本宮から移し一時的に奉安する場所のこと。
伏見稲荷大社の御旅所は、かつては「油小路七条」と「八条坊門猪熊」に
ありましたが、豊臣秀吉が一つに合わせてこの地に移したと伝えられています。
大きな鳥居と整備された境内 | 社務所 |
右から、大神宮、稲荷社、上命婦社、下命婦社 |
この後、京都駅から大阪へ移動しました。
東寺で思ったより時間がかからなかったので
(後から思うと見逃していたところがあったけど)
もう少し回れそうだと思いましたが、下調べをしてませんでした。
そこで、前年訪れていた大阪天満宮に行くことにしました。
大阪駅からもほど近い天満地区にある天神さま。
901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転(左遷)させられた際、
同地にあった大将軍社に参詣した。2年後の903年に菅原道真が没する。
949年に大将軍社の前に7本の松が生え、
霊光を放ったという奇譚が都に伝わった。
そのため村上天皇の勅命によって天満宮を建立させたのが始まりだそうです。
楼 門 | 本 殿 |
大将軍社 | 登竜門 |
白米稲荷社 | オリジナル朱印帳 |
現在は摂社として祀られている大将軍社を始め、 境内にはいくつかの摂社があります。 白米稲荷社は、敷地は隣接していますが、 柵で仕切られていたので、別の神社なのではと 思ったら、こちらも大阪天満宮の摂社だったようです。 御朱印は、本殿右手の授与所でいただきました。 |
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御朱印 |
立ち寄り処: 天満別院
浄土真宗の大谷派・・・と言えば、 御朱印を集めている方はピンと来ると 思います。 こちらでは、御朱印はいただけません。 でも、お参りは可能です。 いかにも近代的な建物ですが、 創建は関ヶ原の合戦の翌年、 慶長6年(1601)だそうです。 西本願寺の前身である 大坂天満本願寺跡地の石碑もあります。 |
この日回ったのは、ここまで。
大きいお寺は見るのに時間がかかると思って、
周辺の御朱印候補地を調べていなかったことが反省点でした。