2015年11月7日
湯島から上野界隈 その2
神田明神から湯島天神へと歩いて来ましたが、
さらに北へと少し歩くと、すぐに不忍池に出ます。
実は上野公園内だけで10もの御朱印がもらえるとのことでしたが、
今日はすでに結構歩いてきたので、南側の半分だけ回ることにしました。
まずは、上野公園内でここは回っておきたかった清水観音堂へ。
江戸三十三観音の6番札所となっています。
上野公園は、元々寛永寺の敷地だったそうで、清水観音堂も寛永寺の諸堂の一つ。
徳川家康を始め、3代の将軍が帰依した天海僧正が創建した寛永寺は、
江戸時代隆盛を極めましたが、戊辰戦争で大部分が焼失。
京都の清水寺を模して造られた清水観音堂は、現存する建物の一つで、
国の重要文化財に指定されています。
月の松 | 手水舎と本堂入口 |
本 堂 | 人形供養碑 |
観音堂は小高い場所にありますが、 階段を上る前に見上げると、 変わった形の松が目につきます。 広重の江戸百景に描かれた月の松を 復活させたものだそうです。 御朱印は、本堂の中でいただきました。 観音様の御真影は別料金でした。 上野大仏と上野パゴダの御朱印も ここでいただくことができます。 |
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御朱印 |
清水観音堂から北に向かっていくと、右手に花園稲荷の鳥居が見えてきます。
鳥 居 | 社 殿 |
花園稲荷の御創祀の年月は不祥ですが、 古くからこの地に鎮座していたそうで、 江戸時代に再建され、幕末には激戦地となりました。 敷地は、五條天神社とつながっており、 御朱印も五條天神社の窓口で いただきました。 |
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御朱印 |
花園稲荷の敷地を奥へと入っていくと、五條天神社の境内に出ます。
鳥 居 | 社 殿 |
五條天神社は、創建年ははっきりしないものの、 相当な古社であるとか。 幾度か変遷を重ね、 昭和3年9月に現在の地へ遷座したそうです。 敷地は、花園稲荷神社とつながっており、 五條天神社の窓口で両方の御朱印がいただけます。 |
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御朱印 |
五條天神社から大通りに戻って、もう少し北に向かうと、
すぐに「上野大佛」の看板が見えます。
階段を上った小高い場所に、大仏のお顔とパゴダがあります。
上野大佛は、建立当時6mあったそうですが、
地震で3回、火事で1回、計4回も首が落ちているそう。
その都度再建されましたが、関東大震災で落ちた後、
第二次大戦時に胴体は徴用されました。
大佛看板 | 上野大佛 |
大佛は昭和47年に現在の形に祀られたそうです。 「これ以上は落ちない」ということで、 合格祈願のスポットにもなっています。 パゴダ(仏塔)は、大仏殿があった場所に建立され、 薬師如来を祀っています。 御朱印は、清水観音堂でいただくことができます。 |
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上野パゴダ |
上野大仏 御朱印 | 上野パゴダ 御朱印 |
上野公園の代名詞と言ったら、西郷さんと弁天堂ではないでしょうか。
有名スポットのため、多くの観光客で賑わっていました。
不忍池から見た弁天堂 | 参道の賑わい |
参道側から見た弁天堂 | 大黒天堂 |
弁天堂は、天海大僧正が 琵琶湖竹生島になぞらえて、 不忍池に中之島を築き、建立したもの。 最初は舟で渡っていたそうですが、 人の往来が多くなって石の橋が作られたそうです。 第二次大戦で焼失しましたが、 昭和33年に再建されました。 御朱印は堂内でいただきました。 |
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御朱印 |
時間も夕刻が迫り、疲れたので、上野は今回はこれで立ち去りました。
でも、もう一カ所この日行きたかったところが・・・。
築地にある波除稲荷神社は、 毎月7日が七福神参りの日です。 毎月決まった神様の御朱印がもらえるのですが、、 11月は毘沙門天・寿老人・福禄寿・布袋尊の中から 好きな御朱印がもらえます。 10月に布袋尊はいただいていたので、 この時は寿老人をいただくことにしました。 (一人1枚、書置きのみ。 この日は通常の御朱印はもらえません) |
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獅子殿大祭(寿老人)御朱印 |
またまた、欲張りすぎてしまった感じの一日でしたが、
江戸情緒が感じられる充実のコースでした。